マンボウとウシマンボウ


 私の研究によって日本周辺に出現するマンボウが2タイプいることが確認されてから約6年。その後、さらなる遺伝子解析と形態計測が進んだ結果、昨年、ようやくその2タイプを別種として分けることが出来ました。それがマンボウとウシマンボウなのです。これは一体どういうことなのか?初めてこの記事を目にする方々は何のことだかさっぱりわからないでしょう。というわけでまず、この研究の経緯を振り返ってみましょう。
2005年までの長い間、マンボウ属にはマンボウとゴウシュウマンボウの2種類しかいないとされていました。
フグ目 マンボウ科 マンボウ属 マンボウ Mola mola (Linnaeus, 1758)
ゴウシュウマンボウ Mola ramsayi (Giglioli, 1883)
ヤリマンボウ属 ヤリマンボウ Masturus lanceolatus (Lienard, 1840
トンガリヤリマンボウ Masturus oxyuropterus (Bleeker, 1873)
クサビフグ属 クサビフグ Ranzania laevis (Pennant, 1776)

しかし、私が日本中から集めたマンボウの遺伝子を解析して系統樹を作成したところ、なんと日本周辺に出現するマンボウは2つのグループに分かれることが判明したのです。
 右の図のクレードAと名づけたグループはたった3個体ですが、全て2m後半から3mを超える超大型のマンボウ。そしてクレードBと名づけたグループは120cm以下の小型マンボウ。さらに補足すると、クレードAのマンボウは全て東日本の太平洋側の関東以北で捕獲されたマンボウで、日本海側や西日本では見かけることはありませんでした。クレードBのマンボウは日本全国で出現し、水族館等でも見られる皆さんが良く見るマンボウです。


クレードAの巨大マンボウ

クレードBの小型マンボウ
これは一体どういうことなのかというと、これまではクレードBの小型マンボウが成長するとクレードAの大型マンボウの形になると思われていました。しかし、遺伝的にこれだけの距離が離れているということは、クレードBの小型マンボウは成長してもクレードAのマンボウにはならない、つまり別の集団である事が分かったのです。しかし、クレードAの小型マンボウは見つからず、クレードBの大型マンボウも見つからない、というとても難解な謎を抱えたまま私の研究は終わってしまいました。一体、クレードAの巨大マンボウはどこからやってきたのか?クレードBの小型マンボウの大型はいるのか?もしくは巨大化しないのか?そしてクレードAのマンボウとクレードBのマンボウは別種なのか?この謎を解決するために、研究を引き継いでくれた2人の後輩がその後6年に亘って遺伝的に、形態的に研究をした結果、別種として分けることが出来たのです。
 そしてクレードBは従来のマンボウと呼ばれていたものと形態的特徴が一致するため、マンボウという従来の名前を割り当て、
クレードAのマンボウを岩手県の漁師さんたちがマンボウと区別してと呼んでいたウシマンボウという名前を新和名として採用し、昨年発表しました。私が宮城県で見てきた巨大マンボウはウシマンボウなのです。そして正式に名前が決まったということは、上記の表を改めなければなりませんね。これからはこういう表になります。

フグ目 マンボウ科 マンボウ属 マンボウ Mola mola (Linnaeus, 1758)
ウシマンボウ Mola ????
ゴウシュウマンボウ Mola ramsayi (Giglioli, 1883)
ヤリマンボウ属 ヤリマンボウ Masturus lanceolatus (Lienard, 1840
トンガリヤリマンボウ Masturus oxyuropterus (Bleeker, 1873)
クサビフグ属 クサビフグ Ranzania laevis (Pennant, 1776)

 これで今後は、クレードAのマンボウをウシマンボウ、クレードBのマンボウはそのままマンボウと呼ぶことが決まりました。しかし、これはあくまで和名、そう、日本でしか通用しない名前なのです。それでは学名はいったいどうなるのでしょうか?
マンボウ属に属する種なので、リンネ二名法によって最初の部分(属名)は当然Molaになります。問題は後半の部分ですが、完全な新種であれば我々で付ける事が可能なのですが、これまでに昔から多くの学者がマンボウを発見しては新種として学名をつけており(30以上もの名前があるとか)、それらの文献とウシマンボウの特徴を全て照合して違うことを証明しない限り、こちらで名前を付ける事が出来ないのです。マンボウのサンプルを集めることは現在でも大変なのに、ましてや昔の人が世界中からマンボウのサンプルを集めることなどほとんど不可能でしょう。マンボウは個体差も激しく、成長につれて形態が著しく変化するので、現在のようにインターネットなどない情報の少ない時代では見つける度に新種として登録されていたのではないでしょうか。結構いい加減な文献も多く、照合はかなり大変な作業になりそうだとのことです。

 さて、マンボウとウシマンボウが遺伝的には大きく離れていることは分かりました。それでは遺伝的に離れているだけで外見的には全く差がないのでしょうか?いちいち遺伝子解析をしないとこの2グループを区別することはできないのでしょうか?それを詳しく研究しているのが、後輩のS君。彼の研究とお借りした写真を参考にその形態的な差をご紹介しましょう。


マンボウとウシマンボウの形態的特徴

 ご覧の通り、左がウシマンボウ(325cm:北九州市立いのちのたび博物館蔵)、右がマンボウ(275cm:境港市海とくらしの史料館蔵)です。このように比べてみればその差は明らかなのですが、ある程度大型にならなければこのような堅調な特徴が出ないこと、そしてこの2種の大型個体が同時期に同じ場所で漁獲される場所が現時点で極めて少ないことが原因で、これまで別種として分けられることはありませんでした。雌雄差だと考えている人もいたでしょう。
 さて、この2種を見分けるポイントとして大きく2つあります。
一つは頭の部分。ウシマンボウはマンボウに比べて頭部が著しく隆起(head bump)します。二つ目は舵鰭(かじびれ)。舵鰭とはマンボウの体の一番後ろにある鰭のことで、ウシマンボウは目立って変化はありませんが、マンボウはかなり波打っている(wavy)ことがわかります。この舵鰭は小型の頃から波を打つことが知られていますが、それだけでウシマンボウではなくマンボウだと決め付けることは危険です。なぜならまだ小型のウシマンボウがほとんど発見されていないので小型ウシマンボウの特徴は良く分かっていないのです。これから研究が進むにつれて小型のウシマンボウが見つかることを期待しています。

 これまで長い間、南半球のみに生息するゴウシュウマンボウを除いてマンボウは1種類だと考えられてきました。しかしここにきて、マンボウは2種類いるのだということが分かりました。秘境に棲むの新生物を発見したわけでもなく、これだけ世界中の人に愛され、なじみのある有名な魚に実は2種類いたということを発見できたことは快挙だと思います。これも多くの研究者が長い年月をかけて地道にサンプリングと解析を続けてきたことに由来するのもです。しかし、一つ謎を解き明かせば、さらに謎が増えるのがこのマンボウ研究の難しさ(もちろん魅力でもあるのですが)。ようやく2種類に分別できたかと思いきや、
この2種類以外に実はA,Bとも遺伝的に違うグループCの存在が確認されています。まだサンプル数もほとんどなく、形態的な特徴も全く分かっていません。そして上記でも述べたようにウシマンボウは一体どこからやってきたのか?少なくとも日本周辺には小型のウシマンボウは現れないのです。大西洋?インド洋?南半球から?それとも実は日本周辺にも存在するのか?今のところ全く分かっていません。ここ10年でマンボウの研究は急速に進みました。これからの10年で一体どこまでマンボウの謎は解き明かされるのか?皆さん、これからも報告を楽しみにしていてください。(2011/6/4)

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※…月間ダイバー6月号(2011)にS君が取材協力したウシマンボウの記事が掲載されています。私が寄贈した写真も掲載されていますのでご覧下さい。