クサビフグについて語る

 今回はマンボウの仲間、クサビフグについてお話したいと思います。クサビフグはマンボウ科魚類の中で唯一「マンボウ」という名前が付きません。初めてこの名前を聞いた人はマンボウの仲間だとは思わないでしょうが列記としたマンボウの仲間です。それでは始めましょう。
 まずクサビフグの基本情報ですが、学名は
Ranzania laevis。これまでのところ1属1種であり、他に仲間は見つかっていません。全世界の熱帯・温帯海域に広く分布し、成熟個体が黒潮、カリフォルニア海流そして北赤道海流からなる北太平洋還流の外側移行帯で漁獲されたこと(Parin, 1971)があり、また日本近海でも目撃されます。しかし、マンボウに比べるとその頻度は非常に低く、滅多に見かけることがありません。私の学生時代の調査では何故か石川県で頻繁に目撃されているという情報がありました。20cm前後の幼魚は鹿児島県、愛媛県、和歌山県、高知県、岩手県、東京都の三宅島で採取された記録があります。基本的には外洋性でたまにマグロ延縄などで混獲されることがあります。残念ながら水族館などで泳いでいる姿を見ることは出来ません。

0.2〜0.3cm (おそらく)0.5〜2cm
 クサビフグの幼魚は北緯14度から28度、東経142度から西経147度にかけての中央水域の静止帯で採取されており(Sherman,1961)、これを根拠に北部太平洋ではこの海域にマンボウ科魚類の産卵場が存在すると推察されています(Parin,1971)。実際にクサビフグの産卵場がハワイ諸島で確認されています(松浦,1984)。
 体の特徴ですが、稚魚の頃は体も丸く写真のように棘と尾鰭を持っています。成長すると棘と尾鰭はなくなり、体は長くなります。マンボウ科魚類の特徴である舵鰭(カジビレ)を持っており、これも他のマンボウ科魚類と同じように腹鰭はありません。そして特徴的なのが口の部分。唇は歯より前方に伸び漏斗状になっており、閉じると垂直の線になるそうです。縦に閉じる口を持つ魚はこれまでのところクサビフグしかいないそうです。


全長約25cmのクサビフグ クサビフグの頭部 クサビフグの尾部
2013年10月追加分(提供:mobulamobular様)
クサビフグの口@ クサビフグの口A 特徴的な背びれ

それでは成長したクサビフグを見てみましょう。上の写真は約25cmまで成長したクサビフグです。体高はマンボウよりも低く、体は長くなっていることからマンボウとは容易に区別できます。体色は銀色をしています。マンボウ科魚類は仔魚期には尾鰭を持っていますが、成長につれ退化して消失してしまいます。代わりに舵鰭という鰭を備えています。この鰭は背鰭と臀鰭(しりびれ)の一部が変形したマンボウ科魚類だけが持つ特殊な鰭です。もちろんクサビフグもこの舵鰭を持っています(右写真の赤丸で囲まれた部分)。マンボウはこの鰭を巧みに動かして舵を取っていましたが、クサビフグは果たしてこの「あるのかないのか分からないような鰭」で舵を取ることが出来るのでしょうか?

 さらに成長すると右のような形に。おそらくこの姿がクサビフグの最終形態でしょう。1mまで成長するそうですが、あまり形は変わらないのではと思います。25cm時と比べると、体全体のバランスはやや丸くなり(大高が大きくなり)は体長は短くなっていますね。成長の仕方が@まずは体が前に伸びる→A体高が大きくなる、という具合になるのでしょうか?
 体色は背部から尾部にかけてやや紫掛かっているように見えます。詳しい方から聞いた情報では、
擦れて状態が悪くなるとこのような体色になるそうです。状態が良い時は、全身が銀白色で背面が黒み掛かっているそうです。25cmのクサビフグと同じ体色ですね。しかし、マンボウは体色を変化させることが出来るのでクサビフグも或いは体色を変化させることが出来るかもしれません。ダイビング等でクサビフグの泳いでいる姿を目撃した例が皆無なので実際は分りませんが同じマンボウ科魚類としては興味のあるところです。
 クサビフグの情報はマンボウ科魚類の中でも非常に少なく、現在のところ1属1種ですが、サンプル数を増やし研究を進めることが出来れば、更に増える可能性は十分にあります。この25cmのクサビフグと60cmのクサビフグもDNA解析をしてみれば別種の可能性だってあるのです。埼玉県の地層からクサビフグ属の新種の化石が発見された論文(詳しく読んでいません)があったようにまだまだ新たな種が見つかっても全く不思議ではないでしょう。
 漁場等での目撃例も少なく、自然界で遊泳している姿の目撃例など皆無の幻の魚クサビフグ(もっと脚光を浴びてもいいんじゃないの?と個人的に思っていますが)ですが、今日も元気でどこかの海を泳いでいるのでしょう。どんな情報でも構いませんのでありましたらお知らせしていただければ幸いです。それでは今回はここまで。更なる情報をお楽しみに!(2010/1/24)

60cmにまで成長したクサビフグ
(方向をそろえる為、画像を反転しています)
 さて、時は流れて2013年10月。おそらく世界初であろう「泳ぐクサビフグ」の映像を頂きました。下記の映像はポルトガルの定置網内で撮影されたものです。現在、私が知る限りでは世界中のどの水族館にも施設にも泳ぐクサビフグの映像はありません。まずはご覧ください。

 いかがだったでしょうか?マンボウの仲間は泳ぎが遅いイメージがありますが(実際に直線に泳ぐ時以外は遅い)、このクサビフグはどうでしょう?サバやカツオのように群れで弾丸の如く泳いでいるではありませんか。背びれと臀(しり)びれを巧みに動かし、急旋回もしています。クサビフグは他のマンボウの仲間(マンボウやヤリマンボウ)と違い、水の抵抗を受けにくい弾丸のような体をしています。この構造から速く泳ぐであろうイメージはありましたが、ここまで速く泳ぐとは予想外でした。あれだけ早く泳いで急旋回が可能であれば、マンボウのように動きの遅い生き物(クラゲなどのプランクトンやイカなど)のみを狙って捕食する必要はなく、小魚などを追いかけて捕食することが出来るのではないかと思う反面、あの小さな縦に閉じる特殊な口では魚をかじることが出来るのだろうかという疑問も生じます。mobulamobular様の情報では胃の中は空っぽとのことでした。そしてこれまでのところマンボウ・ヤリマンボウのように3m級の巨大サイズの目撃報告はありません。あのスピードがあれば捕食者から逃げることが可能なので巨大化する必要がないのか、それとも他のマンボウのように3m級の巨大なクサビフグは存在するのか?深海まで潜るのか?ジャンプはするのか??まだまだクサビフグの生態も謎だらけ。それでもこうやって一つ一つ謎が解明されていくのでしょう。貴重な映像をご提供して下さいましたmobulamobular様、本当にありがとうございました。mobulamobular様のブログはコチラから映像はコチラ

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